「お金持ち」や「すごい人」になっても僕達の心は本当の意味で満たされないというテーマで昨日はエントリーを書きました。
僕達の心は外的要因からでは満たされず、自分の内面、つまり「感じ方」を変えることでしか自分の心は満たせないということです。
ではどうしたら「感じ方」を変えることができるのか。
僕の経験をふまえ、少し書いていこうと思います。
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執着しているものを「捨てる」ことで欠乏感は解消される
感じ方を変えるとは、「ないと思っていたものが、実はあった!」と感じることだと思ってます。
僕達は多かれ少なかれ、何かに対して欠乏感を持っています。
- お金がない
- 時間がない
- 愛されていない
何かが「ない」、「足りない」と感じているわけです。
僕の経験上、あることをすると、この「ない」が「実はあったんだぁー」と気づきます。
僕はこのことを「見え方が変わる」という表現を使います。
では「あること」とは、一体なんなのか。
それは自分が執着しているものを「捨てる」ことです。
僕のケースを少しお話しましょう。
僕の場合、まずインプットすることに執着してました。
これは今思えば「自分は大したことない」、「すごい人と比べて実力が足りない」という欠乏感があったのだと思います。
成長に執着していたとも言えるかもしれません。
そんな僕は一時期インプットすることをやめました。「情報ダイエット」を実践したのです。
そうしたら「インプットをしなくても、自分は大丈夫」という自信が生まれてきました。
「折れない自信」と言われるものです。
もう一つ例をあげましょう。
毎日やることが多すぎて「時間がない」と思ってました。
原因を考えたところ、自分の中で「やらなければならない」が多すぎることに気がつきました。
そして「やらなければならない」を捨てました。
その時やりたいと思ったことだけをやるようにしたのです。しかも多くのことをやろうとするのをやめました。
そうしたら時間は「ある」と思え、ゆとりある生活を送れるようになりました。
もう一つ。
一部の人達から「愛されていない」という欠乏感もありました。みんなに愛されることに執着していたのです。
その結果、その人達から「嫌われたくなくて」自分の気持ちを優先できず、過度に他人の目線を気にして生きていました。
そこで「嫌われたくない」という気持ちを捨てました。「嫌われてもいいや」と思ったのです。
自分の生き方を貫くことを決めたのです。自分の気持ちを優先することに決めました。
そうしたら他人の目線がそれほど気にならなくなりました。「愛されていない」という欠乏感も不思議となくなりました。
「求めなくなったから」とも言えるかもしれません。
そう。自分が執着しているもの、つまり「ない」と思ってることを捨てると、「ある」という豊かさに気づくことになるのです。
しかし、です。
人はこの「捨てる」がなかなかできないのです。この生き方にはものすごい覚悟を伴います。
ではどうしたら覚悟を決めて一歩踏み出していけるのか。
それについてはまた明日以降書いていこうと思います。続きが気になる方は関連リンクをみてください。
ヒントを散りばめておきますね。
今日からあなたにできること
自分が執着しているものは何か。まず考えてみよう。
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