ほんとは助けて欲しい。でも、「誰も助けてくれない」。仕事で孤独と絶望を感じた時の対処法-勇気の「告白」が、僕の人生を変えた。

「こんなに僕は苦しんでるのに、どうして誰も助けてくれないのだろう。」

数年前。オフィスにはたくさんの同僚がいた。

にもかかわらず、僕は絶望的なほど孤独感を感じていたのだ。

「誰も助けてくれない‥」

当時は同僚すら、敵に思えた。

職場で一人でずっと戦っているような気がして。苦しかった。

そんな経験を乗り越えた今、あらためて思う。

一人で全部抱えこまず、同僚に一言「助けて」と言えばよかったと。

当時の僕は、人に「助けて」と言うことは「情けないこと」だと思っていた。

だから、素直に同僚に助けを求められなかった。

でも同僚に助けを求めることは、決して恥ずかしいことではない。

むしろ、そう思っていたからこそ。

僕は当時同僚が、自分を助けようとしてくれていたことにすら、気がつけなかったのだと思う。

苦しみを乗り越えた今だからこそ、わかる。

人は本来、「人の役に立ちたい」と思う生き物だ。

だからこそ、人に助けを求めることは「悪いこと」じゃない。

今日は僕が苦しい体験から学んだことを、あなたにシェアしたいと思う。

僕の気づきは、きっと今のあなたの苦しみを癒すのに、役立つはずだ。

さぁ、今日も早速いってみよう!!!

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ムリしてがんばりすぎていると、気がつけないこと

結論から言おう。

もしあなたが「誰も助けてくれない」と感じてるなら。

とにかく助けを、自ら求めることだ。

そんな言葉、聞きたくない。そう思うあなたの気持ちはよくわかる。

でもまぁ、まずは聞いてほしい。

「誰も助けてくれない」という感情は、自分ひとりでがんばりすぎてる時に感じる感情なのだ。

そして、一人でがんばりすぎることの問題は。

人があなたを助けようとしてくれていたとしても、僕達がそのことに「気がつくことができない」ことなのだ。

自分から人の助けを拒否しておいて、「誰も助けてくれない」と拗ねていた過去

僕の話をしよう。

昔僕が「誰も助けてくれない」と感じていた時。

今思うと、同僚は「大丈夫?」「手伝おうか」と声をかけてくれていた。

でも当時の僕は、それを「社交辞令」のようなものだと思っていた。

「どうせ、本気で手伝おうとは思ってないだろう」

そんな風に、同僚の助けの声を捉えていた。

必死に「大丈夫です」と言って。その人達の助けをはねのけていた。

「助かります」の一言が言えなかった。それは甘えのような気がした。

そうやって人の助けを甘んじて受けてしまったら、自分が与えられた仕事ができない、ダメなヤツになる気がして。

素直に助けを受けられなかった。

そうやって自分から人の助けを拒否しておいて、「誰も助けてくれない」と拗ねていたんだ。

助けてもらう「正当な理由」が欲しかった

「君は仕事をがんばりすぎだから、もうこれ以上やるな」

そう上司や同僚から、言われるのを待っていた気がする。

そうやって、仕事を無理矢理奪われるのを、待っていたのだろう。

そうしてはじめて、自分の中で助けてもらう「正当な理由」が手に入る。

「仕方ない。そこまで言われたら、手伝ってもらうしかない。」

そう思いたかったのだと思う。

完全にめんどくさいヤツだ。過去の自分でよかったと思っている。

人は本来、「人の役に立ちたい」と思っている

こうして冷静にふりかえるとよくわかるが、はじめから素直に「助けてください」と言えばよかったのだ。

助けを求めるのは、「悪いこと」じゃない。

「悪いこと」だと思ってしまうのは、人に助けを求めると、「人に迷惑をかける」と思っているからだ。

しかし、それは必ずしも真実ではない。

人は本来、他人の役に立ちたいと思う生き物だ。

たとえば、よく知ってる道についてあなたが人から訪ねられたとしよう。

あなたが答えてあげて、相手からとても感謝されたとする。

役に立てて、喜んでもらえて、「嬉しい」と感じるはずだ。

そう。人は他人から頼られて、力になってあげられたら。

本来は、嬉しいものなのだ。

この原則は、仕事でも当然当てはまる。

自分が得意なことを聞かれて、相手が喜んでくれたら。あなたも嬉しいはすだ。

こうしたことから、人は本来、「人の役に立ちたい」と思っていると言える。

ではなぜ、僕達は「他人に助けを求めたら、その人に迷惑をかける」と思い込んでしまうようになったのだろう。

真相に迫ろう。

「他人も自分と同じように感じるはず」という勘違い

理由は意外に単純で、僕達がムリして、がんばりすぎてるからだ。

自分ががんばりすぎていると、自分がいっぱいいっぱいになる。人からの依頼に応じる余裕がなくなる。

その状態だと、他人からどんなお願いをされたとしても、「迷惑」と感じてしまうのだ。

そうして自分が「他人からお願いされたら迷惑」と感じるので、「他人も同じように(迷惑だと)感じるはずだ」と思いこんでしまう。

これが、「他人に助けを求めたら、その人に迷惑をかける」と思い込んでしまうようになった理由だ。

しかし、ここで大切なことをお伝えしよう。

それは、みんながみんな、あなたのようにがんばりすぎているわけではない、ということだ。

勇気の「告白」が人生を変える

思い出してほしい。

人は本来、他人の役に立ちたい生き物だ。

今のあなたには信じられないかもしれないが、がんばりすぎていない人には、この原則は当てはまる。

だからこそ、あなたは人に助けを求めていいのだ。

極端言えば、人に「助けさせてあげる」くらいの気持ちでかまわない。

あなたは今まで十分がんばった。そろそろ人に助けを求めていい頃だ。

自分一人で何とかしようとするのをやめよう。

上司や同僚に「正直、今しんどいです。助けてもらえませんか」。

正直に、そう告白してみよう。

そんな、弱い自分を見せたっていいんだ。

そうして上司や同僚に弱音を吐くことができた時。

あなたの苦しみは終わりを告げることになる。

まとめ

人に助けを求めるなんて、恥ずかしいことだ。

昔の僕は、たしかにそう思っていた。

だからこそ、人に助けを求めることができず、ずっと一人で戦い続ける日々を送った。

しかし人に助けを求めても、いいんだ。

今の僕は、気軽に人に助けを求められるようになった。

僕は自分ができること、得意なことで貢献すればいい。

僕が苦手なことは、他人に協力してもらえばいい。

そう考えられるようになってから、孤独感は解消された。

「みんなと一緒に仕事をしている」という感覚を得られるようになったんだ。

今の僕は、「誰も助けてくれない」とは、思わない。

助けは自ら求めるものだ。そして、助けを求めさえすれば、他人は助けてくれる。

そう考えている。

今日の時点ではとりあえず「そうなのかも」と思ってみてほしい。

そうすることで、次第に世界の見え方が変わっていくだろう。

ということで、参考にしてほしい!!!

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この記事を書いた人

滝川 徹

内資トップの大手金融機関で長時間労働から「残業ゼロ」へ変わった現役会社員。出版後、会社員として働きながら、2018年の順天堂大学での講義をはじめ、年間30回以上セミナーを開催する個人事業主としても活動中。
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