本を一生懸命読んでも人生が変わらない理由

最近めっきり読書をしなくなった。

20代の頃は暇さえあれば本を読んでいたのに。理由は単純で、本を読むことに興味を失ってしまったからだ。

20代の頃の僕は、簡単に言ってしまえば、「どうやったら成功できるか」を知りたくて仕方がなかった。

成功するためには、成功した人からその方法を学べばいい。そう考えていた当時の僕は、成功する方法を見つけるために読書に夢中になった。

当時の僕を読書に駆り立てたのは、そうした成功に対する知的好奇心だったのだ。

そうして成功する方法について探究を続けていくうちに、数年前、僕はあることに気がついた。

それは、他人が成功した手法をいくら学んだところで、自分が成功する方法が見つかるわけではないということだ。

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当たり前だが、人はひとりひとり違う。

育った環境も皆違うし、DNAも皆異なる。誰かが成功した方法をそのまま自分が実践したところで、自分が同じ結果を得られるとは限らないのだ。

たとえば僕がイチローの練習方法をそのまま実践しても、僕はイチローのようにはなれない。

大切なのは、自分(だけ)に当てはまる、成功する方法を見つけることなのだ。

そのことに気がついた時、少なくとも僕は読書に「自分の求める答えはない」と考えるようになった。

読書をすることで、他人の成功した物語や、そのノウハウを知るのは楽しい。しかし、それはまるで映画を見るような感覚で、そこから自分が成功する方法が見つかるとは到底思えなくなってしまったのだ。

そうして、自分の求める答えが「読書にない」と感じるようになってから、一気に僕の読書熱は冷めてしまったというわけだ。

誤解してほしくないが、僕は別に「読書することに意味がない」と言いたいわけではない。

読書から得られるものはとてつもなく大きい。今の僕の人生があるのも、20代から読書を続けてきた結果と言っていいだろう。

特に20代のように若い頃は、むしろ読書をしたほうがいい。そうしないと、特に会社員の場合は、「自分の会社の常識=世の中の常識」と捉えるようになってしまう。

いわゆる、「会社に染まった状態」となってしまい、視野がものすごく狭い人間となってしまう。読書をすることで、自分の会社以外の世界を知ることは、視野を広く保つためにも重要なことと言える。

問題は、目的意識もなく、ただ漫然と本を読み続けることなのだ。

エンターテイメントと割り切って、楽しむ目的で本を読む分には全然かまわない。問題は、ただ本を読むだけで「学んだつもり」になってしまい、そのことに満足し人生の歩みを止めてしまうことだ。

僕自身も経験があるが、たとえば自分が好きな著者の新刊を読むと、自分の価値観や考え方に近いことが書かれていて、そんな時は自分が肯定されている気がして、気分が良くなったりする。

こうした読書の問題点は、そうした本から新しいことを特段学ぶわけではなく(学ぶことが「ゼロ」ではないだろうが)、ただ「気分が良くなった」で終わってしまうことだ。

先程も書いたが、エンターテイメントとして読書を楽しんだり、「気分を良くしたい」という目的をもって読書する分には全く問題はない。

問題なのは、目的意識もなく読書すること自体に満足し続けてしまうことなのだ。

こうした読書は極端に言えば、家でずっとテレビを見ていたり、ゲームをしているのと何ら変わらない。もし自分の人生を良くするために読書をしているつもりなら、時間と本代のムダということになってしまう。

しかし多くの人がこのことに気がつかず、ただ読書をしていれば人生を変えられると思い、一部の人がいそいそと漫然と読書をしていることに、今の僕は違和感を覚えるのだ。

本を読むのはいいことだ。でも、「ただ読めばいい」というわけではない。「なんのために本を読むのか」という目的意識は常にもっておきたい。

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2016年12月8日(木)発売 700円(税別)

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この記事を書いた人

滝川 徹

1982年東京生まれ。
慶應義塾大学卒業後、内資トップの大手金融機関に勤務。長時間労働に悩んだことをきっかけに独学でタスク管理を習得、2016年には「残業ゼロ」の働き方を達成。

その体験を出版した「気持ちが楽になる働き方 33歳大企業サラリーマン、長時間労働をやめる。(金風舎)」はAmazon1位2部門を獲得。

2018年には順天堂大学で時間管理をテーマに講演を行うなど、講演やセミナー活動を中心に個人事業主としても活動している。
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