人に何かをお願いする時、自分の中で「これぐらいなら頼んでもいいだろう」という基準があります。皆さんもありませんか?

例えば仕事を人一倍こなしている自負があるなら、同僚に仕事を手伝って欲しいとお願いすることは苦ではありません。昔の自分はそうでした。

自分はこれだけやっているのだから、他人に助けてもらう「権利」がある。無意識にそのように思ってしまう自分がいました。

しかし最近この「これぐらいなら頼んでもいいだろう」という自分基準は、全くもって「いらない」のではないかと思ってきている自分がいます。

「これぐらいなら頼んでもいいだろう」という基準はあくまで主観的な問題だと気付いたからです。

「これぐらいなら頼んでもいいだろう」の基準は相手にとって関係ない

例えば自分としては猛烈に仕事をしていたとします。そして自分の中では「人に手伝ってもらって当然」と考えたとします。

しかしあなたが猛烈に仕事をしていることを、頼む相手が知っているかどうかはわからないわけです。だから僕からしたら当然の権利として人に仕事をお願いしても。相手からしたら「手伝う理由がない」と思われることも起こりえるわけです。

何が言いたいかと言いますと、「その基準いらなくね?」ということです。

自分の中の基準を満たしているかどうか。それは他人にとってあまり重要ではないからです。手伝うかどうかは相手がその時の状況、気分、僕を好きかどうかなどの要素を総合的に考えて判断するものだからです。

自分の中の基準が必要なのは罪悪感の問題

では何のために自分の中の基準を満たそうとするか。考えたところ、自分の中の罪悪感だということがわかりました。

たくさん仕事をしていれば、人に頼む権利を勝手に作る。罪悪感が薄れるので、頼みやすくなる。

一方仕事をサボってたら自分の中で人に仕事を頼んでもOKという権利が手に入らない。そうすると、まるで人に「お金をちょうだい」と頼むような罪悪感が生まれる。

こんな仕組みではないかと考えました。

ま、結局自分の問題ということです。そしてもう一回言いますが、罪悪感は自分の問題であって他人には関係ないということです。

そして罪悪感も幼少期に他人から植えつけられた「人に迷惑をかけてはいけない」というマイルールにすぎないことは知っておきましょう。

お互い迷惑をかけあう関係こそが本当の信頼関係

そう考えると、もう権利なんかなくても。人に何かをお願いしてもいいのではないか。最近僕はそう考えるようになりました。

人に頼る。何かをお願いする。これは問題解決の最高の手段だからです。活用しないのはとてももったいない。

人に迷惑をかけてもいいのです。逆にお願いされたら自分が出来る範囲で協力してあげればいいのです。

しかし今日本人見ていると、お互いできるだけ迷惑をかけないように必死になっている気がします。この状態でお互いを信頼していると言えるのでしょうか。

お互い迷惑をかけあって、お互い様。そう笑って言い合える関係。それこそが本当の意味でお互い信頼している関係と言えるのだと思います。

そう考えると信頼できる関係を構築するにはどんどん人にお願いをするということです。そうすれば人にお願いされることも快く受け入れることができます。

そうです。「レッツお願い!」です。それが人間関係を豊かにするコツだと僕は確信しています。

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この記事を書いた人

滝川 徹

滝川 徹

東証一部上場の大手金融機関で、「残業ゼロ」を実践。時間管理をはじめ、ワークショップを開催する個人事業主。

2018年5月に順天堂大学で「時間管理」で登壇。「シゴタノ!」の非常勤講師。
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